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トーアスポーツマシーンについて

大好きな野球を仕事にして23年。社長と二人三脚で会社を発展させてきた、営業部長の水田さん

はじめに

こんにちは、ライターのにしこです!

現在、大阪に本社を構えるスポーツマシーンの総合メーカー「トーアスポーツマシーン」にお邪魔しています。

今回は営業部長である水田さんにお話を伺いました。水田さん自身が学生時代野球に没頭していたそうで、それを仕事にできている喜びは大きいと語ります。

トーアスポーツマシーンの部長である水田涼一(みずたりょういち)さん。1972年、兵庫県生まれ。報徳学園高校で甲子園を目指し3年間の野球生活。桃山学院大学在学中も4年間を野球に捧げる。卒業後にトーアスポーツマシーンへ入社し、現在24年目。

「私の人格−−例えば忍耐強さ−−は、甲子園を目指していた高校時代に培われた」

(にしこ)現在はどのようなお仕事をされているですか?

(水田さん:以下 水田)現在は社長と共に経営などについて話し合いながら、大阪の本社で営業をしています。

(にしこ)入社に至るまでのお話について聞きたいです。

(水田)1996年に入社したので、、

(にしこ)23年前ですね!

(水田)そうですね。今年で24年目になります。長いですね。あっという間ですけど。

(水田)元々は小学生のころから野球をしていました。

高校は、甲子園を目指すために兵庫県の報徳学園に進学して、3年間そこで野球を頑張りました。結局甲子園には行けなかったんですけど。

今の私の人格、例えば忍耐強さは、甲子園を目指していた高校時代に培われたと思います。

正直、高校の3年間が人生で一番充実していた気がします。とか言ったら会社に怒られるかもしれんけど(笑)

甲子園を目指して野球に打ち込んでいた、高校時代の水田さん

高校卒業後は1年浪人して桃山学院大学に進学しました。

1年ブランクが空いたので「野球はもうしないでおこう」と思っていたんですけど、小学生時代から続けていたものなのでどうしても野球を嫌いになれず、大学でも4年間野球を続けることにしました。

ピッチングマシーンを「使う側」から「作る側」へ

大学4年生になり、俗に言う就職活動はろくにしておらず「どうしようかなあ」と思っていたときに、合同セミナーで弊社に出会いました。

「運命の出会い」と言えばちょっと変かもしれないですが、真っ先に目についたのがこの会社で。

他にも50社から100社くらい企業は出展していましたけど、正直ここしか見なかったです(笑)

そして後日面接を受けて、晴れて入社することができました。

高校時代も大学時代も、弊社のピッチングマシーンを使って練習していたので、仕事にできる喜びが大きかったのを覚えています。

それから大阪での営業・開発や、三重の松阪工場での製造・品質管理・生産管理の仕事を経て、現在に至ります。

※トーアスポーツマシーンは大阪に本社オフィス、三重の松阪に工場を構えています。

(にしこ)このお仕事を通して、喜びを感じるときはどんなときでしょうか?

(水田)私自身が高校球児だったこともあって、うちの商品を使って練習をしている高校が甲子園で優勝したときは喜びを感じます。

逆に、うちのマシーンを持っていない高校が優勝すると悲しいですけどね(笑)

社長と二人三脚で会社を育ててきた23年間

(にしこ)23年間のなかで、一番思い出に残っていることを教えてください。

(水田)入社してから最初の5年間は、大阪本社で営業や開発をしていたんですけど、そのときが一番充実していました。

夜遅くまで現社長と2人でマシーンの開発をすることもあって。

あんまり大きい声では言われへんけど、正直夜中12時過ぎまで開発をすることもありました。

そういうときは社長が夜9時ごろ、たこ焼きを買ってきてくれたこともありましたね。

「ああでもない、こうでもない」と言いながら社長と2人で商品を作り上げていく時間が、23年間の中で一番充実していたときかな。大変やったけどね。

(にしこ)2人でそうやって時間を過ごせていたというのは、仕事の関係なしにそもそも人間同士として気が合っているからこそ、というのもあるんじゃないでしょうか?

(水田)私は社長と仲がいいと思ってますよ。社長がどう思っているかどうかは知らないですけど(笑)

現在だと社長と一緒に経営の会議をしていますが、やはり今でもぶつかり合うことはあります。

お互い屈せず意見を言い合うのは簡単なことではないですが、私は社長が納得のいく決断ができるように考えたり、反対に社長から私に決断を任せてもらうこともあります。

(にしこ)やはり二人三脚ですね。

(水田)今までを振り返ると、思い出に残っているのは全部大変だったときのことですね。

やっぱりクレームの対応も大変ですが、クレームがあって初めていい商品になります。

だからクレームをただピンチと捉えてへこむのではなく、そう言う声はよりよい商品にするため、より発展するための機会だと信じています。

(にしこ)23年前と今を比べて、会社が変化した部分はありますか?

(水田)いろいろありますよ。一番は、営業や開発の力が上がったことだと思います。

生産力は私が入社した当時から既にあったんですけど、当時は販売や営業の力は弱く「頼まれたものを作る」という会社だったのかなと思います。

それからは昔(創業時など)と比べると、作るだけは生き残れない時代になっていったので、営業力や開発力も大事で。

売れると思って作ったものが売れなかったり、開発をしても商談ではボツになったり、そういうこともありました。

そういう出来事から「営業と開発の連携は大事」「自己満足の開発では数字には現れない」と、ひしひしと感じました。

あと変化したことについて、もうひとつ言うたら管理の面やね。

(にしこ)管理っていうのは?

(水田)昔は「ものが少なくなってから作ろうかあ」という感じだったんですけど、今では過去のデータから分析をしたり生産計画を作ったりして、管理の精度が上がっています。

子どもたちが「みんなで部屋に集まってゲームしようかあ」と話す今の時代に

(にしこ)今後の展望を教えてください。

(水田)まず当面の目標としては、来年は東京オリンピックもあるので、それに伴ったスポーツ業界の発展についていくこと。

長い目で見ると、すごく大きな夢なのかもしれないですけど「スポーツをする人を増やすお手伝いをしたいな」と思っています。

特にスポーツをする子どもたちを増やしたい。

スポーツ業界全体が繁栄して、我々はスポーツマシーンを世の中に提供して、それを使って子どもたちが練習してくれて・・・っていう、そういう循環が生まれると・・・

(にしこ)(生まれると・・・?)

(水田)社業が繁栄するんじゃないかなと思います(笑)

(にしこ)(正直!)

(水田)実際問題、現在は売り上げが下がってきていて。この業界ではどこも同じような状況だとは思うんですけど、ここ2年くらいで分岐点に来ているなと思っています。

やっぱり今までのままではいけない、変わらなければいけない時代だなと。

まず問題なのは少子化ですね。少子化ってスポーツを取り巻く環境にとってすごく痛いんです。スポーツをやっている人間が少なくなるということなので。

あとは我々も利用しているのであれなんですけど、SNSとかスマホとかの影響も大きいです。

小さいころから「公園でキャッチボールしようかあ」ではなく「みんなで部屋集まってゲームしようかあ」というのが今の時代なので、それに対応する何かを考えなければいけないと思って、現在取り組んでいます。

(にしこ)そういえば先ほど、倉庫でバスケットボールマシーンを見かけました。

(水田)それも取り組みの1つですね。野球人口は減っています。今までは我々のメインの商品として野球やソフトボールの製品を販売してたんですけど、そこで培ったノウハウを活かそうと思うと他スポーツのマシーンを生産・販売することが打開策の1つで。

まあ結果がどうなるかは、今からの頑張り次第で変わってくるかなと思っています。

スポーツを通じて医療費を減らす・・・?

(にしこ)読者の皆さんにメッセージをお願いします!

(水田)健康でいましょう。そのために、家にいるんじゃなくてもっと外に出て体を動かしましょうよと。

スポーツを通じて基礎体力を養っていかないと、日本全体の問題ですけど「医療費」が増えるわけですよ。

(にしこ)医療費?

(水田)みんな保険入ってるでしょ。怪我したりして治療をしたら国が医療費を7割ぐらい負担する。

じゃあスポーツを通してみんなで健康な体作りをしたら、そういう財政への貢献にもなるのではないかと思います。その分、他に必要なことに予算を回してもらえればいいですね。年金とか(笑)

どうしてもスポーツに対して苦手意識がある人は、スポーツ観戦をして楽しむところから始めてもられば。

例えば俗に言う「カープ女子」は典型的な例だと思います。「野球せんけど広島カープは好き!」みたいな。

(にしこ)(カープ女子に怒られますよ!)

(水田)でもまずは「カープ女子」でいいので、そこから始めてほしいです。①スポーツを見て楽しむ→②スポーツをするという段階を踏んで、スポーツに関心を持ってもらえるとありがたいですね。

日本の人口も減ってるからこそ、皆さん健康で、長生きしてください。

読んでいただきありがとうございました!

取材、執筆:にしこ

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